三浦しをん『格闘する者に○』

『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を受賞した三浦しをんのデビュー作は女子大生の就職活動奮闘記。24歳が書いた作品とは思えないくらい完成度は高い。
漫画が大好きな女子大生可南子が漫画雑誌の編集者を目指して就職活動を行うというのが粗筋。でも可南子の就職活動というのは全体をとおして語られることの一部にすぎません。徐々に明かされる可南子の特殊な家庭事情や周囲の個性ある登場人物が織りなす行動が重層的に物語を構成しています。
特に親族や後援者が集まる会議が阿鼻叫喚もの。人の持つ様々な思惑が入りつ乱れつのカタストロフ。すらすらと読みやすい文章には細心の注意が払われていて猛烈な勢いで会議が進行していく。一箇所気になるところもあったけど、劇のように精彩に富んだシーンで印象に残った。
それはさておきタイトルが秀逸である。格闘する者に○。某出版社の筆記試験会場で試験監督が口にした言葉がタイトルになろうとは。就職活動や出版社に対する一学生のストレートな意見が随所で露見されているのがおもしろい。社会とはなんなのか幻想に惑わされない。
本書の肝になるのは意外にもジェンダーなのではないかと本書を読み終えて気づく。可南子の友人である二木君が「僕さ、ホモかもしれない」といきなり告白したり、男に恋する素ぶりを終盤ちらっと見せたり。まあ可南子も可南子で西園寺さんという書家の老人とアブノーマルな交際をしているのだけど、出版社の採用試験において女性であるがゆえに感じる理不尽さも含めて、そこかしこにジェンダーに対する疑問が隠されている。プライドは高くともしっかり意見を持った可南子に惹かれる女性読者は多いのでは。
描き方が漫画みたいとか、キャラありきとかいった点はむしろ三浦しをんの美点なのだと思う。少なくともあるテーマを正面から描いて一定の到達度に達しているわけで、一見コミカルでも作者の真摯な姿勢は文章からにじみ出ているのであった。

格闘する者に○ (新潮文庫)

格闘する者に○ (新潮文庫)