デイヴィッド・アーモンド『ヘヴン・アイズ』

自由を求めて孤児院を抜け出し、筏に乗り込んだ3人の子どもたち。川を下ってたどり着いたのは、真っ黒な泥が広がるブラック・ミドゥン。そこには、両手に水かきのある女の子と奇妙な老人が、二人きりで暮らしていた。黒い黒いその泥のなかには、たくさんの秘密と悲しみと、「奇跡」が埋まっていた…。月の明るいその晩に、あたしたちは、ヘヴンアイズを見つけた―カーネギー賞ウィットブレッド賞受賞作家、『肩胛骨は翼のなごり』の著者が放つ、待望の新作!やさしく美しく純粋な、冒険の物語。

カーネギー賞、ウィッドブレッド賞受賞作家の待望の新作──と言われても、日本人にはどれほどのものかわかりません。が、現代児童文学(というよりヤングアダルト界)の旗手による新作だということは一読すれば明らかでしょう。
孤児院が舞台というところだけ見れば、児童文学のメインストリーム。当然、主人公の子供達も孤児院からの脱走を試みている。
まず、鳥肌がたったのは冒頭をヘヴンアイズに会ったという後日談からはじめつつも、あとはだいたい時間どおりに進める筋運び。ヘヴンアイズとは何だろうという謎が読者につきつけられページをめくる手が止まらなくなる。こういった緻密で計算された構成に私は唸りました。
でも、本編を貫くのはあくまでも子供本意な自由になりたいという気持ち、冒険に心踊らせる気持ち。筏に乗り込んだ三人(+一匹)を待ち受けているのは、ブラック・ミドゥンと呼ばれる泥沼、そして両手に水かきのあるヘヴンアイズと呼ばれる少女と管理人である老人。昔は印刷工場だったところに住み、付近には幽霊が現れるという。
そこだけ見ると、なんだファンタジーかよ〜って思われるかもしれませんが、後半次第に真相が明らかになり本当はファンタジーなんかじゃなくまじにリアルなんだとわかったときには感涙あふれます。幽霊なんかじゃないんだよ。ヘヴンアイズのあまりもの純粋さが人の心を打つ。相当考えられているんだなあって思います、でも直球なんです。
本書はヘヴンアイズと出会う冒険談だけではなく、孤児院についても多くのページを割いています。閉鎖的ではなく、門を解放していつでも脱走自由な孤児院・ホワイトゲート(でも、お腹がすいて戻ってくる)や、責任者のモーリーンにその助手で一癖も二癖もあるでぶのケヴとやせのスチューなどエンターテイメント精神も全開です。モーリーンと主人公エリンの対立は大人の子供の対立の縮図ともいえるもので哀しい目をするモーリーンの気持ちもわかる。だけど、子供だって自由なんだよっていう。全然説明できていないのが悔しいのですが、アーモンドの術中にハマるだけの価値は十二分にありますよ。
粘土で遊んでいるでぶのウィルソンが、エリンが出発するときにはなつ一言「よくみてなきゃだめだよ」がものすごく感動的である。「決めつけちゃだめだよ」という台詞も。これは現代への警笛ではあるまいか。同じくアーモンドの『クレイ』(河出書房新社)で、この台詞の持つ意味は大きく花開くことになる。まったく独立したはなしですが。とても楽しく読めました。
翻訳の金原瑞人先生の力も大きいのだと思います。ありがとう、先生。

ヘヴン・アイズ

ヘヴン・アイズ