町田康『きれぎれ』

なんという日本語だー。
ランパブ通いが趣味の絵描きの「俺」。浪費家で夢見がちな性格のうえ、労働が大嫌い。金に困り、自分より劣る絵なのに認められて成功し、自分が好きな女と結婚している吉原に借りにいくが……。というのが表題作のあらまし。
だが、この小説において粗筋などあまり意味を持たない(といいますか、こんな要約内に納まっている小説ではありません)。だって、いきなり、ビルから次々と人が飛び降りる場面から始まるのだもの。これは現実ではないでしょう――そうやって現実と想像が折り重なり、超越した(私には)理解できぬ世界まで連れていってくれるのだった。
知識というか教養のない私。読めない漢字続出。博識ぶりにこの破天荒な文体と物語性が加われば、まさに無敵でしょう。
併録作「人生の聖」で、主人公が喫茶マロンの女店員に向かって吐く台詞〈まぁ、僕はコーヒーのことをちょっとひねってコルヒと言ったのだが、そういう言葉の遊びが分からぬような鈍感な女は駄目だね。じゃあ、分かるように云ってやるよ。カァフィーを呉れ給えよ。いや、それともビアにするかな。ビールじゃないよ。ビア〉が個人的にかなりツボでした。
表題作より併録作「人生の聖」のほうが好きだな。突き抜けてて。
文章は、舞城王太郎を先鋭にした感じなのかしら。
物語は笙野頼子さん風というか、かなり荒唐無稽です。たまには、こういう小説もいいかも。

きれぎれ (文春文庫)

きれぎれ (文春文庫)