川上弘美『ニシノユキヒコの恋と冒険』

ニシノくん、幸彦、西野君、ユキヒコ…。姿よしセックスよし。女には一も二もなく優しく、懲りることを知らない。だけど最後には必ず去られてしまう。とめどないこの世に真実の愛を探してさまよった、男一匹ニシノユキヒコの恋とかなしみの道行きを、交情あった十人の女が思い語る。はてしなくしょうもないニシノの生きようが、切なく胸にせまる、傑作連作集。

なんて、美しいのだろう。
川上弘美の作品を、説明しようとすると、途端に抜け落ちてしまうものがある。それで私、すごく、まどろっこしい、気持ちになるの。
単純な言葉の集積。意識的で的確な句読点の配置。
誰もが思うちょっとした変化を丁寧に追い、台詞を時に地の文に回して、気分よく進めるリズム。
川上弘美の小説を読むことは、呼吸することと同じなのよ。
普遍的で不変の世界。そんなものが本当にあったら、こわい、けれども、人なら誰でも見てみたくなるんじゃないの。
何言ってんの、大丈夫?
って感じですよね。私も書いてて自分でそう思いました。でも、川上さんの小説を読んだことのある方なら、なんとなく分かっていただけるのではないでしょうか。って、投げ遣りではいけませんね。私の悪い癖です。
内容はというと、女たらしな西野幸彦の女性遍歴=人生(人性?)を十人の女性の視点から描いた連作短篇集。人を本気に愛せなくて、女の子にいつも感づかれてしまう西野くん。
個人的には「草の中で」という短篇が良かった。泣けてくる。物語が終わってほしくない。所々、いかにもなところがあったりするのだけれど、この空気がすごく好きで、これが青春やないの、って皆様に触れてまわりたくなるくらい。
十人の語り手によって、ニシノくんの人生を写してはいるものの、そんなに違いがないところがミソ。反教養小説(アンチビルドゥングスロマンって、いうんだったっけ?)風味でもある。ともかく泣く(泣きそうになる)場面が多いし、印象的な小物も多く、別れる理由も似ているため、辟易しないでもないのだが、これらのことは以下の重要なことを示唆している(ように思う)。
人って。そう簡単に変われるものじゃ、ないのよ。
本当にそうですよね。私も内気な性格をどうにかしたい。
今にもニシノくんが、うん、とか、ああ、とか言って照れ隠しをする場面が浮かんでくる。

ニシノユキヒコの恋と冒険 (新潮文庫)

ニシノユキヒコの恋と冒険 (新潮文庫)