島田恒『NPOという生き方』

NPOの役割と経営について比較的詳しく述べられている。NPOとは直接関係ないところもあるが、経営学の立場から書かれているところは学ぶところが多く、企業関係者にもお勧めできる本であった。
多少読みづらい部分もあるが、新書サイズなので手軽に読めるのも魅力的。
序章「NPOの活動と活力」では、NPOの活動事例をとおしてNPOのミッション(使命)について述べています。
ミッションは本書の肝となる単語で、幾度となく重要性が主張されていますが、要するに<組織の目的であり価値観>であり、NPOにとって<最上位の理念>なのだ。
著者はNPOを以下のように定義しています。<民間によって自主管理されており、利益配分することなく、独自のミッション達成のために機能している組織>と。非営利で非政府の組織だからこそ、明日を見つめ社会を変革していけるの可能性に満ちているのではないかと著者はいいます。YMCAや全人医療というミッションをかかげる淀川キリスト教病院の背景や活動をあげて、イノベーション(革新)とアントレプレナーシップ(起業家精神)こそNPOの本性なのだと期待をこめて序章を閉じています。
ミッションを第一にしつつも常に状況を見据えて、事業を行っていかなければならないということであり、いくら非営利だからとはいえ管理を怠り中身がお粗末なものになってはいけないのです。
第一章「私たちはいま、どこにいるのか――経済突出社会の現実」では、イギリス産業革命期から市場経済の発展を追いながら経済突出社会に巣くう病理について触れています。現在の市場は経済が合理化を優先するあまり政治や文化などを圧迫してしまうのだ。社会の適正なモデルとして、<経済・政治・文化・共同の四つの要因が、それぞれ独自の原則を発揮しつつ、しかも調和して働くことが期待されて>いるのです。経済優先が招いてしまった地球環境や人間性の破壊から新しい社会へを創出していくうえで、<文化や共同の要因を代表する組織こそNPOにほかならないのです>と著者は期待を寄せています。
後半は、日本が高度成長を遂げていくなかで機能した日本的経営の成功と限界を示します。会社共同体として、会社が働く場だけではなく人づきあいを重視した人格形成の場になっているゆえ、企業への忠誠心は高まったものの企業内での癒着構造が内部告発を生み出し不祥事を発覚させることになりました。ドラッカーの理想とする「自由にして機能する」は、社会や人間に対する経営責任を主張しており日本的経営と近いものがあるそうです。
しかし、近年<企業にとって利潤が至上目的となり、共同性が崩れていった>のは雪印乳業などの例を挙げるまでもありません。ドラッカーはNPOの存在に目を向けたから、<日本的経営が変革されつつ、その真価が発揮されることに期待しながらも、その限界を認識しなければならないと思います>と結局は期待。期待することが多いのは課題がそれだけ多いということで仕方ないことなのかもしれません。
第二章「豊かな再構築」は市場や政府の失敗をとおして、新しい公共領域としてNPOに存在意義があると最初に述べてます。
阪神大震災での自身の体験を踏まえつつ、顔が見えて人と人とのつながりやぬくもりを大切にし<経済だけでは満たされることのない豊かさを提供>しようとしているのがNPOであると。パットナムも述べるように新しい社会には<市民の自立に基づく相互の信頼と絆が基盤>が必要である。従来のインフラだけでは提供できないような精神性や絆といったものも社会資本に含まれ、新しい社会を実現するためにはNPOの貢献が欠かせないのだそうです。大衆社会への危険を訴え、非営利セクターを分類することでNPOの範囲について再度検討している。
後半部は、豊かさを確かめるために個人主義の誤解やら自分とは何かなど多少哲学めいた話題に入っていきます。聖書の失楽園を引用しており、余暇を大切にし自分を見つめ直そうという内容です。生活全般の基盤であり、価値観こそが真の余暇でありNPOも<自らの価値観を確立する上で重要な刺激と契機を提供することになる>と考えています。
第三章「NPOの成功とその基本原理」は本書の肝となる章であり、マーケティング、組織論などの事業展開についての章であります。組織にはマネジメントが不可欠です。NPOも組織なので、マネジメントが重要なのはいうまでもありません。NPOにおけるマネジメントは、Missonから始まり以下のフローに表されます。頭文字をとってMOESTICフローというそうです。

Misson(使命)
Objective(目標)
Strategy(戦略)
Tactics(戦術)
Execution(遂行)
Control(評価)

ミッションはマネジメントの最上位に位置しています。<多くの場合、三年ぐらいの中期目標のような形で取りまとめられ>ます。また、マネジメントと同様にNPOにとってはマーケティングも誤解されてしまいます。顧客のニーズ(顧客志向)から出発し、顧客満足に終わるマーケティングは組織の目的を遂行し成果をあげるためには、マーケティングは基本的機能になってくるのは当然でしょというのが筆者の主張です。私もすごく同意。本書ではNPOのマーケティングについて以下のように定義されてます。

NPOにおけるマーケティングとは、人間の真の自由と社会の調和を志向するミッションを社会に表明し、それに基づく成果を達成するために、自らに適した事業領域を設定し、そのニーズを見極め、ミッションと一体化させることによって価値を創造し、クライアントや資源提供者との間に自発的交換を実現するための機能である。

きれいごとばかり並べやがってというか非常に抽象的なのですが、要するにミッション様様なのだ。
マーケティングにおける企業との相違点としてNPOの二重性が挙げられるが興味深い。企業は製品やサービスを顧客に提供し、顧客から支払いを受けるという流れである。一方、NPOは寄付者による貢献によってサービスを提供する基盤が出来、サービスをクライアントに与えることによって感謝される。つまり、寄付者―NPO―クライアントという関係性が生じるのだ。
続いてスタッフやボランティアなどの組織論に入る。常勤職員であり有給のスタッフとボランティアの違いや、ボランティアの特性や組織に与える効果について述べられている。自発性と無償性が特質であるボランティアであるが、多様な参加動機があり身近に参加できるようになったため、自己満足のためにやっている人なども見受けられる。ミッションへの共感など自己実現欲求を満たすのが大きな吸引力となるという。<個人の自由と組織の目的が両立する>のは理想であるが、実現は難しいのである。
最後に財務の基盤づくりとして、助成や寄付のことに触れています。寄付する人が満足するような組織づくりと、ミッションと経済のバランスをとる事がたいせつでありますと。このへんは重複するので詳しくは省略します。
第四章は「NPOの失敗とその予防装置」です。公益法人のスキャンダル等によってあまり良いイメージが浸透しているとは言い難いものの、NPO法人は設立の日が浅いため比較的良いイメージで受け取られているようです。とはいえNPOにも失敗はあります。活動するエネルギーが失われたり組織内の思惑の相違や財務破綻などなど。第四章では前半に失敗する要因や事例を挙げ、後半は失費を予防するための仕組みづくりについて述べています。
NPOの本質に起因する失敗や善意の押しつけ、アマチュアリズム、非効率、市場経済と世俗化、NPO間や企業との競争など要因を挙げるときりがありません。これらの問題は相互に結びついています。前章の繰り返しになりますが、組織としてマーケティングやマネジメントは必要ですし、効率もある程度は求められるかもしれません。ただ、マネジメントの最大の目的は利益ではなくミッションだということなのです。予防装置としてはカトリック教会の例を挙げています。最古最大のNPOともいえるカトリック教会ですら腐敗していた時期もあるわけで、一番大事なのは厳しく自己評価を行うことです。NPOの評価をするための基準として、キャプランとノートンによるバランスト・スコアカードを著者は提示します。

ミッションの実現   4つの視点による客観的評価に、理事・スタッフによる主観的評価を加味した総合評価

クライアントの視点  クライアントのニーズや要望に対して、どのように応えるべきか
財務の視点      ミッションを達成するための事業を展開する財務的基盤はどうあるべきか
内部プロセスの視点  目標を達成するためにどのような業務プロセスにおいて秀でるべきか
組織風土と学習の視点 ミッションを軸とした風土形成と学習・成長のためにどのようにすべきか

要するに客観的評価と主観的評価を総合して評価するのが良いということです。ミッション至上主義万歳!
終章「「もう一つの生き方」へ踏み出す」はボランティアの魅力と糸口、組織の立ち上げについての章です。本書を読んで、興味を持ったかたへ向けての、「さあ、やってみよう」という著者からのメッセージでありました。さあさあみんなもNPOを始めてみよう!

NPOという生き方 (PHP新書)

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