エマニュエル・ボーヴ『きみのいもうと』

どん底の貧乏生活を送っていた「ぼく」も、今では悠々自適な未亡人のツバメ。しかし、惨めな旧友とその妹に出会い同情と優越感を覚えた瞬間、彼の心の平安は音を立てて崩れ始める…。なぜ、ぼくは彼女を誘惑してしまったのか?素寒貧で、せつなくて、ちょっとおかしいボーヴ・ワールド。

これは私のために書かれた小説? なんて、自分でも呆れ果てるようなことを思わせる小説でした。
昔は貧乏だったが、金持ちの妻と結婚し、昔の生活を忘れたいと思っているアルマンは、旧友リシュアンと再会する。アルマンはリシュアンの妹に惚れ、彼女を誘惑するが、それがきっかけで、すべてが狂ってしまうという話です。
別に内容は重要ではないんです。私が弾かれたのは、全編をつらぬく鬼のような描写。空の様子も、通りの様子も、彼のまわりをとりまく空気までもが身近に感じられる。
訳者あとがきにあるとおりアルマンは情けない男ですよ。完全に妻に頼って、旧友に気を遣いながらも優越感にひたっていたりする。
でも、“いま、ここ”にこだわって、その時間を懸命に生きている姿を読者として拝見すると、彼を愛さずにはいられません。
妻に、娘を誘惑したことがバレ冷静に「別れよう」と告げられたときでも、なぜか冷静でいられる、でも妻のあまりに冷静で決めたことをそのまま口に出しているようないい方に衝撃を受けたりする。
そんなエピソードが沢山ちりばめられていて、日常あまり気に止めないことでも、色々な事が実際起こっているんだなと思わせる。視野が広がる小説です。
何より浮気がばれる一夜(+翌日)を数十ページにもわたって連ねている箇所は圧巻です。描写の積み重ねによる厚みを体感できて良かった。

きみのいもうと

きみのいもうと