阿部和重『アメリカの夜』

映画学校を卒業し、アルバイト生活を続ける中山唯生。芸術を志す多くの若者と同じく、彼も自分がより「特別な存在」でありたいと願っていた。そのために唯生はひたすら体を鍛え、思索にふける。閉塞感を強めるこの社会の中で本当に目指すべき存在とは何か?新時代の文学を切り拓く群像新人文学賞受賞作。

のっけから、〈ブルース・リーが武道家として示した態度は、「武道」への批判だった〉である。その後、武道と型のはなしが続き、この小説はなんなんだと当惑を隠しきれない状況にまで達したとき、主人公である唯生の物語が始まるのである。
人を煙に巻くような言い回しなので、とっつきにくい感はあるのですが、映画学校を卒業してバイト生活を送る主人公のまわりには「芸術を志す」いかにもな芸術思考人間であふれかえっているので、仕方がありません。
誰もが自分って特別な存在でありたいと思うこと。表面上の文体に気を取られているとつい、見落としがちになりますが書かれていることは普遍的です。かつての学校仲間が映画を撮るというので、唯生ははりきるわけですが、本当のことをいえば誰にも期待されていないわけですよ。
文章がうみだすカタストロフ。こういう作品こそ、きわめて全うな小説である、と読後にただならぬ余韻を残す文学でした。
ネタバレですが。
語り手(私)=唯生という三人称記述が新鮮でした。

アメリカの夜 (講談社文庫)

アメリカの夜 (講談社文庫)